Coral Fung -04

Posted by Hootalinqua 2/12/2010

 


厚く塗ったファンデーションの下から汗が噴出してくる。
さっさとシャワーでも浴びて着替えたいところだけど、そうも行かないのが仕事って奴だ。
俺とジュスティーンの出番の後は、映画のピンクフラミンゴ宜しくでっぷり肉を付けて肥ったドラァグクイーン達がコミカルなショーで場を繋いでいた。本当なら最後はもう一度俺達が出て行ってトリで舞台を締めることが多いんだけど、今日は違うらしい。
とにかくVIPのお客様を退屈させるなって事なんだろう。
今日の分の給料には特別手当てをつける様に交渉してやる。口パクで踊るのと男の酒の相手じゃ、頭脳労働の量が全然違う。

シャワーの代わりに楽屋でもう一度入念に化粧直しをしてから、レオナルドのエスコートでVIPシートへと向かう。ジュスティーンはやっぱり俺の予想通り―そもそ も客に本気になるなんて、俺には信じられないけど、どうやら奴は気障なフランス人に本気で惚れてるらしいんだ―常連のあの爺さんのところへ行ったらしい。どうでもいいことだけど、“爺さん”っていうとジュスティーンの奴は、「ムッシュー・デニって呼んで下さい!」と必ずキれる。キレるジュスティーンの顔を見るのも悪くないから、俺はあと3年間は件のムッシューを爺さんと呼ぶことに決めているんだ。

「レオナルド。今日のVIPのこと、お前知ってただろ?」

「今日はスゲェぞ。栄光あるドイツ連邦陸軍の将校がさらに上の偉いさんを招待してるらしい。いつもいつも普通に飲むだけじゃつまらねぇから、たまには趣向を変えてみようってところだろうけどな」

ドイツ連邦陸軍。その言葉だけで反吐が出そうになる。
ドイツの強さの象徴、いや、西ベルリンの強さの象徴さ。

「俺が見世物見物に来たの連中の相手をするのが苦手だってことも知ってただろ。俺は平和主義者なんだぜ?虫唾がはしるね」

「でも、良い男が揃ってたぜ?」

レオナルドはこんな店でボーイをしてるだけあって、やっぱり男が好きだ。俺の質問には一切答えないくせに、俺の言葉に乗っかって、俺が先に目をつけたんだからな!などと先手を打ってくる。

「煩いぞ、レオナルド。苦手だって前々から言ってあるのになんで今日、よりによって俺をメインアクトにブッキングするんだって俺は聞いてるんだ」

俺の言葉を聴いた途端。レオナルドの笑い声が響く。レオナルドの笑い声と図体はいつだってデカすぎなんだ。

「そうぼやくなって。お前らが出張ってくれなきゃ話にならねえんだから。諦めてせいぜいお淑やかな歌姫を演じて来いよ、な。マリールイーズ」

ドラァグクイーンにお淑やかもクソもあるか。口パクしかしない俺たちに歌姫だなんてわざとらしい形容詞をつけるなよ。横で俺たちを見てるお前なら尚更だ。

心の中で毒づいた。

無駄話をしてるうちに、絨毯がヒールに纏わりつく通路の奥の、VIPシートのドアにたどり着く。一般客とは壁で仕切られてる此処はまさに選ばれた人間の為の席だ―何しろ普通の客はレオナルドや他のバウンサーが目を光らせて居るから、ここに来る廊下を歩くことさえできないんだから―。扉の前でレオナルドが足を止めた。

「ジュスティーンにも声をかけてくるし、暇そうにしてる奴らを片っ端から寄越すからよ。また売れっ子ドラァグクイーン・マリールイーズがご機嫌斜めになってお偉いさんのをぶちのめしたなんて騒動が起きたたら今度こそやばいからな」

レオナルドがいつものChao!と、言うムカつくイタリア語の挨拶を残して去り、俺は忌まわしいVIPシートの前で独りになった。
言い逃げとヤリ逃げはイタリア人のお家芸だからな!なんてアイツの下らない自慢が頭に浮かんで、腹が立った。俺は愛想笑いを浮かべるのも忘れて金ぴかの趣味の悪いドアノブに手をかけた。

"Gutenabend, wie war das Erscheinen?"
(こんばんわ。ショーはどうだったかしら?)

ドアが完全に開く直前にニッコリ微笑んだ自分の職業意識にこっそりと自画自賛をすると、背後から野太い声が更に重なる。

"selbstverstandlich war mein Erscheinen das beste!?”
(勿論、アタシのショーが最高だったでしょ?)

思わず振り返ると、そこには爺さんのところに行ってた筈のジュスティーンと、先輩格にあたるカウガール,ワイルド=ケイティがいた。こんな気分の俺一人で場を盛り上げるなんて到底出来そうになかったから、レオナルドの野郎の手廻しのよさに秘かに俺は胸をなでおろした。
席にはレオナルドの言葉どおり軍服姿の厳つい奴らが座っていた。将校が3人と上座にもう1人。将校たちの横のいかにも金のかかった奥様連中がウチの噂を聞きつけて旦那を焚きつけたんだろう。
女たちは俺達の姿をまじまじと眺めてからドイツ訛り丸出しで”Tresbien!”とか何とか。声高に俺達の衣装や化粧についてはしゃぎまくっている。その原因が、テーブルの上のドンペリニヨンだっていう事はテーブルの上の女達のシャンパングラスの空き具合ですぐに分かった。
彼女達のフレグランスの趣味は俺からすれば甘すぎた。唇の色は全員揃いも揃って”お上品で知的な”マットな赤色ってやつだった。俺なら絶対選ばない色だ。アレって本人達がそう思うだけで、血色の悪い貧血患者にしか見えないだろ。それに、最新のデザインのオートクチュールって奴なんだろうけど、彼女達のスーツは少しばかり彼女達にはタイト過ぎだ。
俺はこの手のマダム連中をつれて歩いてる連中が理解できない。物欲と、物欲を満たすためのセンスのバランスが悪い相手を連れて歩くなんて、それが男だろうが女だろうが俺には滑稽な絵としか映らない。
一方で男達は、俺とジュスティーンの身体のでかさが予想以上だった様だった。その視線を確実に意識しながら腰をくねらせて空いてる席に腰を下ろし、得意の「優雅な貴婦人」の角度で顔を客へと向けたジュスティーンが口を開いた。

「今日はいらしてくれて本当に有難う。とても嬉しいわ。
私はマダム・ジュスティーン。こちらの厚化粧がベルリンのビッチ・マリールイーズ。あちらのカウガールがワイルド=ケイティ。今日は素敵な方に会えるって伺ってたけど、嘘じゃなかったみたい」

ジュスティーンの仕切りでHi!と、いかにもヤンキー娘然とした姿で軽く片手を差し上げて客に笑みを見せるワイルド=ケイティ。フェニックスの荒野で生まれてアリゾナの砂漠で育ったって触れ込みは伊達じゃ無い。俺たちと同じ様にメインアクトを張れるドラァグクイーンの一人だ。
ワイルド=ケイティの衣装はジュスティーンの紹介どおり、まさにカウガール。 テンガロンハットにブロンドのショートのウィッグ。 派手なフリンジづかいのスエードのウエスタンべストの下にはプレイボーイのロゴが入ったタンクトップ、デニムのマイクロミニレオナルドトの上から黒いレザーのシャップス(※ロデオカウボーイの衣装で、ジーンズの上から履く革のオーバーズボンのこと)を履いていて、足元には勿論ウエスタンブーツをあわせている。俺達の先輩にあたるワイルド=ケイティは、この辺のリアクションはさすがに余裕たっぷりで、レザーに包まれた足をひょいと組んで自分の左右に座っている将校達の肩をガッシリ抱いた。奥さん達は無論、ワイルド=ケイティの計算どおりキャアキャアはしゃいでいる。
そう言えば将校たちは皆、女連れだったが、「本日のメインゲスト」は意外にも同伴者がいなかった。きっちりと将校服を着込んでいて、胸元にはいくつもの勲章がつけられていた。人相は目深に被った軍帽のお陰で余り良く見ることができなかった。

俺は自分が苦手としてる奴らの中でも更に苦手な「偉そうな軍人」をわざわざ観察しようとしてしまっていることに気づいて、視線を逸らした。

********

シャンパンのボトルはもう空になりかけていた。

「素敵なパーティと空のグラスって本当に良くない組み合わせだわ」

ジュスティーンが半ば有無を言わせずレオナルドを呼んで、俺達の分のグラスと一緒に新しいシャンパン―勿論マグナムボトルって辺りがジュスティーンらしい抜け目の無さなんだけど―を持って来させる。

「それで、今日はどんなパーティなの? 宜しければ私にも教えていただけ無い?」

「そうだわ!こんな良い男が勢揃いするなんて、どういう事なのかしら?」

テンガロンのツバを星条旗風にエナメルを塗った付け爪で器用に押し上げ、付け睫の目元をぱちぱちと瞬かせながら、ワイルド=ケイティがたたみ掛ける。

「ジュスティーンもワイルド=ケイティもよく聞いてくれたわね!
実は明日、こちらの素敵なゲネラーレ(※陸軍大佐の意)のお誕生日なの! だから私達、この方が思いつかないような場所でこの方を愕かせてお祝いして差し上げようと企んだのよ!主人達にも内緒で。すばらしいアイディアだったわ。ここを選んで本当に良かった」

ジュスティーンの問いに待っていましたとばかりにわざと”企む”なんて言葉を使って見せて、何度だって名案でしょう!と言いたげな奥様方。その目は一斉に上座で一人ペリエをシャンパングラスに注いでいる件の男に向けられる。注目を浴びても動じるでもなく、男はグラスを持ち上げてそれを口に運んでいた。
どうせ来るなら明日にしろよ、俺の休日なんだから。
心でそうぼやいて、にっこり愛想笑いしながら俺も口を挟む。

「あら、こちらの素敵なゲネラーレのお誕生日?
折角の良い男なのに素敵な女性が横に居ないなんてどういうことよ?」

俺は的確な箇所をつっこんだらしい。
そんな周りの思惑なんて、完全に読めていない様子のブロッケンJrはまじまじと俺を見て、口を開いた。

「私は、独身なんだ。こういう場所に同席してくれる相手も居なくてね」

「独身主義?そんなカタブツのゲネラーレがいつもファックしてる男はドレかしら?
“コックもカタブツ”なんて冗談、笑えないから止めてよね?」

冗談とはいえ自分の妻を連れて来ている将校達は流石に気まずそうな笑みを浮かべて誤魔化している。俺は隣に座ったゲネラーレと呼ばれる男にわざとらしく身体を寄せて、将校たちの中にさも本当にこのゲネラーレにケツを貸す野郎が居るといわんばかりに、厚塗りの唇をぼってりと尖らせて男共に視線を投げかけた。そのついでにゲネラーレに凭れ掛った。独身主義を気取っているスノッブな奴独特の、すましたいけすかないお顔を改めて拝見させていただこうと思ったんだ。
だが、その顔は俺の予想とはかけ離れていた。
歳相応に肉が落ちて、成熟した男らしさがより強い印象の頬。繊細そうな顎。軍帽で隠れては居るけれど、睫は案外長い。抑え気味の低めの声は、キレた時のギャップが凄そうって感じがする。
簡単に言うなら、もしかしたら俺が会ってきた人間の中でも一番じゃないかと思うくらい、整った顔をしていた。
俺はいつもどおりの事務的な”下品なジョークを言っただけだっていうのに、まるで自分がとんでもない暴言を吐いた様な気分になって、一瞬言葉が出ずに目を逸らした。たまたまワイルド=ケイティがヒュウ!と口笛を吹いたお陰で沈黙は訪れず、俺は救われた。ゲネラーレの部下達は自分達の上官であるこの男ががどんな反応を返すのか興味を隠さない様子だった。その数秒後、果たして彼らの上官はまじまじと俺を見て、徐に口を開いた。

「フロイライン・マリールイーズ。最近のチャームスクールと言うのは私の想像を超えているみたいだな。初めて会った相手と交わした中で一番思い出深い言葉だ」

気を取り直そうと新しいシャンパンを満たしたグラスを口につけたところだった俺は、むせ返った。

「こんなビッチ、玄関先で追い返されるに決まってるわ!マリールイーズにはそんなところ必要ないわよ。必要なのはファックしてくれる良い男。ゲネラーレ、良い相手がいないならこのマリールイーズはどうかしら?ベルリンのビッチ、遊び相手にはお薦めよ」

「あらいやだ。ファックで男運が変わるなんて 、ケイティ、意外に古風な考え方じゃないかしら。それこそどこのチャームスクールのお話でしょう?」

奥様方は俺達が連発する“Fではじまる言葉”の応酬に唖然とするフリをしてしっかり耳を傾けている。俺を冷やかす声に混じって、ジュスティーンとワイルド=ケイティ、それにワインクーラーを片付けていたレオナルドまでが大爆笑していたのを俺は咳き込んで苦しい中、見逃さなかった。
ついでに言うと何で皆が爆笑してるのか、まるで分かっていない当のゲネラーレ本人の不思議そうな顔が視界に入って、俺は余計に咳き込むハメになった。

 
 

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